Tuesday, March 13, 2007
ため息
最近、街を歩いたり、近所のスーパーに行く時は、必ずipodを持ち歩きheadphonesで耳をふさいでいる。そうしていれば、色々めんどくさい質問攻めに遭わないからだ。スーパーで大根を買う度に「What is this?」とレジのお姉さんが聞いてくる。9月にK-townに来た時は、初めて「外人」として扱われる事に興味が湧いたし、10年以上も自分をカナダ人だと思って来た私にとって面白い経験になるだろうと思っていた。でも、毎日のように「Where are you from?」とか、「Your English is so good!」と言われる事がいつの間にか肩の重荷になってしまった。ここに引っ越してから国籍、citizenship、identity、language,やら「文化」とゆうものについて、あらためて考え直すはめになった。もとから「国籍」という物がただの紙きれでしかないという、自覚はあったつもりだった。私の中の「自分」というidentityがどれほど国籍や、周りにいる人達からの扱われ方や、同時にカナダ人であり、日本人であるという確信によって作り上げられてる事に気づかされた。これからも、さらに自分というものが何なのかを考えさせられると思う。カナダと呼ばれる国がどうゆう所なのかが、もう少し、分かった気がする。半年近く、K-townに住んで、カナダ人という「自分」を否定される事によって、少しずつ、私の存在その物を否定、というより、勝手に作られている事に気づいた。最初は、「私は私!」って思ってたし、自分は何者なのかが分かっていれば、周りに何言われようが、どう、扱われようが平気でいられると思っていた。でも、「自分」の一部を完璧に否定されるのは、疲れるものであって、私は一生耐えられると思えない。勘違いしないで欲しい。K-townで暮らし初めて、いっぱい楽しい事はあったし、とてもいい人にも出会った。ただ、こんなに「自分って何?私って何者?」などを考えさせられたのが初めてなのだ。K-townを離れる前にもっといっぱい素敵な経験と出会うであろう。その経験も大事だけど、差別行為や偏見が詰まってるとしか思えないコメントも私にとっては同じ位、大事だと思う。
Subscribe to:
Post Comments (Atom)
No comments:
Post a Comment